フィサン (Fixin) について

フィサン (Fixin) ワイン通販 レ・ブルジョン

フィサンは、ブルゴーニュのコート・ドール北端に近い赤ワイン中心のアペラシオンです。マルサネが村名呼称格付けに昇格するまでは、コート・ドール最北のアペラシオンでした。フィサンは、赤ワインの生産量が全体の 97 % を占め、僅かながら白ワインも生産しています。隣村のジュヴレ・シャンベルタンが男性的な力強いワインを生産しているように、フィサンは堅牢なワインが生産されることで知られ、フィサンのワインは、しばしば「冬のワイン」と言われてきました。

シトー派修道会など教会勢力によるワイン造り

フィサンでのワイン造りは、ローマ帝国時代に遡ることができる歴史ある産地です。ぶどう畑は、主に 11 世紀にシトー派修道会によって開墾が進んで拡大し、ワイン造りが盛んになりました。

例えば、フィサンの殆どどこかからでも見ることのできる、採石場のあった丘の上に立つ村落を見下ろす古びた壮大な建物は、「クロ・ド・ラ・ペリエール」の荘園邸館「マノワール・ド・ラ・ペリエール」であり、1140 年にシトー派修道会が建設した邸宅です。シトー派修道会は、フィサンの優れたプルミエ・クリュ (1er Cru, 一級畑) である「クロ・ド・ラ・ペリエール」を所有して、荘園邸館が 1622 年にユグノー派によって焼き討ちにあうまで、シトー派修道会の修道僧がぶどう畑を耕作していました。

その後、紆余曲折を経て、1853 年に、現在の所有者であるジョリエ家が「クロ・ド・ラ・ペリエール」のぶどう畑と荘園邸館を購入し、そのまま単独所有畑 (Monopole) として所有しています。現・当主のベニーニュ・ジョリエ氏は、「この土地には、シトー派修道僧を惹きつける何か磁力のようなものがあり、それを彼らは知っていたに違いないと確信している。」と言います。彼はまた、「この土地は常に、今日の Grand Cru (特級畑) に匹敵する力を持つフィサン最上の土地と考えられてきたという事実がある。」と歴史的に評価の高い傑出した区画であると説明しています。

また、シャンパーニュ地方にあるラングル教会が、同じく 1er Cru (一級畑) の「クロ・デュ・シャピトル」を所有していました。

ナポレオンにまつわるぶどう畑など

また、フィサン村は、ナポレオンが逗留した村と言われ、ナポレオンの皇帝近衛兵司令官で熱烈な崇拝者だったクロード・ノワゾ氏が軍隊を退役後、「ナポレオン博物館」と森林公園を開設しました。

クロード・ノワゾ氏は、博物館の隣にぶどう畑を拓き、皇帝の栄誉に因んで「クロ・ナポレオン」 (Clos Napoleon) と名付けました。クロ・ナポレオンは、極めて優れた区画であり、「フィサン最高の区画」と評価され、フィサンを代表する 1er Cru (一級畑) のひとつに位置づけられています。また、博物館にある 19 世紀の彫刻家「フランソワ・リュード」作の「目覚めるナポレオン像」が有名です。

フィサンの優れたぶどう畑

フィサンのぶどう畑は、東から南東を向いた標高 270 ~ 400 m に位置し、主に非常に色が濃く、タンニンと力強いストラクチャーが特徴の赤ワインを生み出しています。酸味が十分にあり、長く熟成するワインが多く、斜面のぶどう畑からはエレガントなワイン、ふもとでは肉付きの良いワインが生産される傾向にあります。

上質なワインを生み出す 5 区画のプルミエ・クリュ (1er Cru, 一級畑) があり、有名な区画として、シトー派修道会が開墾し所有していた「クロ・ド・ラ・ペリエール」、ラングル教会が所有していた「クロ・デュ・シャピトル」、クロード・ノワゾ氏が所有していた「クロ・ナポレオン」が挙げらます。

フィサンを代表するこれら 3 つのプルミエ・クリュ (1er Cru, 一級畑) は、「クロ・ド・ラ・ペリエール」はジョリエ、「クロ・デュ・シャピトル」はギ・エ・デュフルール、「クロ・ナポレオン」はピエール・ジェランと、何れもモノポール (単独所有畑) になっていて、それぞれ優れたワインを生み出しています。

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