ワインについて調べていくとクローン・セレクションやマサル・セレクションという言葉を耳にするようになります。現在、ぶどう樹は、台木に挿し木することによって、繁殖させています。クローン・セレクションとマサル・セレクションは、台木に挿し木する木の選抜方法を意味しています。
クローン・セレクション
ぶどう栽培におけるクローンとは、クローンという言葉のイメージが持つ人工的な遺伝子の操作、いわゆる遺伝子組み換えとは関係がなく、別の意味で使われています。ぶどう栽培におけるクローンは、ただ単純に、単一の母樹から取った挿し木を繁殖したものという意味で使われています。
もっとも多く使われている有名なクローンは、ドメーヌ・ポンソの「ディジョン・クローン」です。ドメーヌ・ポンソのフラグシップであるグラン・クリュ (Grand Cru, 特級畑) 「クロ・ド・ラ・ロッシュ」から、ローラン・ポンソ氏の祖父が 1954 年に選抜したピノ・ノワールであり、クローンの母樹ごとに、114、115、667、777 の番号で管理されています。「ディジョン・クローン」の母樹は、今でも、モレ・サン・ドニ村のドメーヌ・ポンソに行くと見ることが出来ます。
また、ニュージーランドの「エイベル・クローン」は、ロマネ・コンティのぶどう畑から盗んだぶどう樹の苗をニュージーランドに持ち込もうとした際に、検疫官のマルコム・エイベル氏が没収して、自ら増植したという逸話がある優秀なクローンです。「ディジョン・クローン」よりも酸が多く、土の香りを持つぶどうが収穫できると言われています。
一定の試験を経て、健全な確立したクローンを利用することの優位性は、クローンがウイルス・フリーなどを含めて試験・検査済みということです。そして、同一のクローンを用いたぶどう畑は、同じような品質のぶどうが同じようなスピードで成熟して収穫でき、より効率的にぶどう畑を運営できると考えられています。
他方、遺伝子が同一な為、生産されるぶどうの味わいが画一的になってワインが単調になる、特定の病気や害虫に弱い場合、罹患するとぶどう樹の多くが被害を受けるなどのデメリットもあります。
マサル・セレクション
マサル・セレクションの場合、クローンのような証明された実績が無い点が異なります。主に、自分のぶどう畑や周囲のぶどう畑にて、外見と実績から最も優秀な複数のぶどう樹を母樹として選定し、挿し木をして繁殖させていく方法です。多くの場合、母樹には、ぶどう畑の遺伝的な多様性の確保と品質や生産性を完全には予見できない点を考慮して、一本ではなくて複数の樹が選定されています。
自らのぶどう畑の優秀なぶどう樹を用いるため、証明された実績がなく、マサル・セレクションによる挿し木をしたぶどう樹が、どのように成長していくのかについて、ある程度は想像できても、完全に予見することは難しいです。しかし、多くの場合、自らのぶどう畑にある優秀なぶどう樹から選抜するため、代々、ドメーヌで引き継がれてきた素晴らしい遺産という誇らしい気分を、少なくとも生産者に与えます。曽祖父、更には、曽祖父の曽祖父など、先祖代々大切に育てられたぶどう樹の挿し木を見て、誇りに思わない生産者は誰も居ないでしょう。
また、多くの場合は、対象区画によく馴染んだ優秀な複数のぶどう樹を母樹にするため、ぶどう畑に植えられているぶどう樹の遺伝的な多様性が確保され、クローン・セレクションによるぶどう畑よりも、ぶどう樹ごとの個性を反映した、複雑な味わいのワインが出来ると言われています。
他方、母樹が顕在化しない病気やウイルスに侵されていて、ぶどう畑全体に広がってしまう、遺伝的に多様なぶどう樹で構成さているため、ぶどう樹ごとに収穫時期や生育が異なることからぶどう栽培に手間がかかるなどの不利な点も挙げられます。
ぶどう畑における実際の活用
クローン・セレクションとマサル・セレクションは、ぶどう栽培における実際の現場では、どちらか一方を選択すると言うよりも、並存して使用しているケースが多いです。もちろん、クローン・セレクションやマサル・セレクションのどちらかを採用する生産者もありますが、多くの場合は、クローン・セレクションとマサル・セレクションを併用してバランスを取ることで、夫々の長所や短所を補いながら、自らのぶどう畑に適したクローンの選定を行い、生産されるワインの画一的な味わいの回避と個性の確立による品質向上や生産の安定を図っています。