ブショネ原因物質である TCA (トリクロロアニソール)
コルク栓のワインについては、ブショネと呼ばれる TCA (トリクロロアニソール) による汚染という問題が付きまとい、コルクに代わる栓の開発が常に話題になってきました。たとえば、ブショネの語源は、コルクを意味する「ブション」 (Bouchon) が語源と呼ばれ、コルク栓を連想する言葉になっています。TCA (ブショネ) によって、汚染されたワインは、「放置された雑巾」「濡れたダンボール」など表現され、ワインを台無しにしてしまいます。
コルク事業者は、TCA (ブショネ) に汚染されたワインは、100 本に 1 本程度と主張していますが、実際には、12 本に 1 本くらいの高確率ではないかというレポートもあり、正確な確率はよくわかっていないのが実態です。しかしながら、ワイン関係者にとって、長年に亘って頭痛の種になっています。
ブショネ原因物質の特定
ブショネを引き起こす物質であるトリクロロアニソール (Trichloroanisole, TCA) は、最も強いカビ臭気を持つ物質の一つで、極低濃度でも、混入を感じることのできる物質です。TCA を感じる濃度は、5 ppt という非常に低い水準であると言われ、おおよそのイメージとして、小さじのスプーン 1 杯を 50 m プールに入れた場合に該当します。また、強烈な臭気物質な為、他の良い香りの要素を打ち消して、感じなくしてしまうことでも知られています。TCA は、塩素を微生物が分解して造られる物質と考えられており、コルクを漂泊する際に用いられてきた塩素系漂白剤が主な原因と判ってきました。
ブショネの原因物質を特定する研究は、スイスのウェーデンスヴィル研究所に勤めていたハンス・ターナー氏が、1970 年代の後半にドイツのコルク業者の依頼を受けて始めたことがきっかけです。ハンス・ターナー氏は、コルク臭のするワインをガス・クロマトグラフ質量分析計で分析した結果、TCA が主要原因物質と分かり、1981 年に「ザ・スイス・レヴュー・オブ・フルート・アンド・ワイン」という研究所の紀要論文誌にその結果を発表しました。また、TCA を感じる水準が、ppt という極低濃度であるということ、コルク栓の漂白に使われていた塩素系薬剤が TCA 生成の原因になりうるとレポートしてています。
スクリューキャップや代替品の登場
ワイン生産者の間では、コルク栓による TCA (ブショネ) を回避するために、コルク栓の代わりに、スクリューキャップを用いる生産者が増えて来ました。先ず、オーストラリアやニュージーランドの生産者がスクリューキャップを採用し、他の地域にも広がっていきました。
ブルゴーニュなど高級ワインを造る生産地域でさえ、コルクによる独占状態は無くなりつつあります。生産量の多いブルゴーニュの地域呼称格付けのワインの大部分が、プラスチック栓やコルク合成品ダイアムを使用しています。プラスチック栓の改良も進み、例えば、ポンソは、イタリアで開発されたアルディアと呼ばれる心臓の人工弁に用いるプラスチックを用いた栓を開発し、最高級のワインに用いています。
コルク生産者やワイン生産者の取り組み
コルク生産者は、大きな販売先であったワイン生産者からの信頼を回復するために、現在、多くの事業者が、塩素系漂白剤の使用を止め、塩素を含まない過酸化水素水を用いた漂白に切り替えています。これによって、ブショネの原因である TCA の生成は、大きく減少し、ブショネの発生確率も低下しました。しかしながら、コルク樹そのものが TCA に汚染されている場合があることが判明するなど根絶は簡単なことではなく、完全には無くなっていません。
漂白剤剤の使用停止が TCA 生成に結び付かなかったのは、主に 1950 年代から 1980 年代にかけて使用されてきた農薬や殺虫剤に含まれていた塩素が、地中や樹木に残留してコルクの木に蓄積し、コルクの樹皮そのものから、ブショネの原因である TCA が検出されることがあるからであり、コルク事業者にとって、TCA の根絶は、一朝一夕に解決できる話ではないと判ってきました。
また、ワイン生産者の側でも、醸造所内の消毒や洗浄に用いた塩素系の薬剤が残留しているなど様々な TCA 生成経路が考えられることから、コルク生産事業者だけでなく、ワイン生産者による取り組みも大切と考えられており、ワイン生産者の側でも対応が進んでいます。