必ずしも理想的とは言えないボルドーの気候
ボルドーは、数々の偉大なワインを生み出し、ブルゴーニュと双璧を成すフランス最高峰の銘醸地です。しかしながら、ボルドーの気候は、必ずしもワイン造りに理想的とは言えないだろうと考えられます。
例えば、「極上ワインを生産するための土地を、気象と土壌だけで判断しようとする人がいるとしたら、その人はボルドーを選ばないだろう。」 (ジェイムス・ローサー) と言われ、また、ボルドー大学醸造学部の教授であったジェラール・セガン氏は、自身の論文の中で、「一見したところ、ボルドーの気象条件は、その地を極上ワインを生産するように運命づけられた土地にするものとは思えない。」と述べています。
ボルドーが極上ワインの生産地域として発展したのは、テロワールによるというよりは、地域、歴史、そして、そこに注ぎこまれた人々の熱意と投資によるところが大きいと言われています。
気温について
ボルドーの年間平均気温は、13 ℃ と穏やかです。東京の年間平均気温が 16 ℃、日本に年間平均気温をあてはめると、長野・松本・仙台・山形などと同じくらいになります。また、暖流の流れる大西洋に面しているため、日本のこれら地域と異なり、冬は 0 ℃ を下回ることは殆どなく、夏も 30 ℃ を越えず、穏やかな気候となっています。ぶどうの栽培にとって、夏冬・昼夜の寒暖差が大きいことが、良質なぶどうを生み出す条件の一つと言われることが多いですが、ボルドーには、必ずしも当てはまらないです。
日照・湿度について
ボルドーの日照時間は中庸であり、日照時間が短く無いものの、かといって、素晴らしく日照に恵まれているとも言えないです。ボルドーの日照時間は、年間 2,000 時間程度、日本にあてはめると、東京もちょうど同じくらいの 2,000 時間程度、湿度も、ボルドーは、年間平均で 75 % 程度であり、東京の年間平均湿度である 70 % 程度と同じくらいです。
雨量について
年間降雨量は、ボルドーの場合、850 mm と日本に比べると少ないです。日本の場合、東京 1,500 mm、長野 900 mm、松本 1,000 mm、仙台 1,200 mm、山形 1,200 mm であり、ちょうど長野・松本といった内陸部がボルドーに近い雨量な以外、日本各地の方が雨量が多くなります。おそらく、ボルドーと日本の差は、日本の場合、梅雨と台風による影響を受けるためと考えられます。しかしながら、ボルドーにおいても、収穫期の 9 ~ 10 月は、月間 100 mm に近い雨量があり、必ずしも収穫期に好天が続くとは言えない状況です。
夏から秋の適度な気温
ボルドーの気候において、素晴らしいワインを生み出す要素を挙げるとすれば、夏から秋の適度な気温にあると言えます。ボルドーの気候は、「海洋性」「大西洋型」「温暖」などと形容されることが多いです。海から風が吹き込むため、ボルドーにおける夏から秋にかけての気温は、丁度よい適度な気温の日が続きます。例えば、気温が 30 ℃ を越えて上昇るようなことは殆どなく、ぶどう果実が過度に成熟してしまうことをあまり気にしないで良いです。そのため、ぶどうの果実は、ゆっくりと成熟して、ぶどうの収穫時期は遅くなり、その分、味わいが複雑で深みのあるぶどうが収穫できます。
気候と土壌に最適なぶどう品種
ボルドーにおいて、フィロキセラ禍によってぶどう畑が荒廃する前は、沢山のぶどう品種が栽培されていました。例えば、今では、ボルドーでみかけることのない、シラーやピノ・ノワールなども栽培されていたようです。フィロキセラ禍を転機として、ボルドーで栽培されるぶどう品種の見直しが始まり、土壌や気候に適合した品種に選抜されて植え替えられ、また、赤・白半々くらいだったぶどう栽培面積も、多くが赤ワインに切り替えられていきました。
砂利が多い土地、粘土が多い土地、石灰質の土地など、土壌の性質や水はけに応じ、最適な品種として、多くの場合、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カベルネ・フランが選定され、今日におけるボルドーの原型となっていきました。とりわけ、砂利の多い土地は、カベルネ・ソーヴィニヨン、粘土質はメルロー、石灰質はメルロー、カベルネ・ソーヴィニヨンの両方に適していると言われています。このように、ボルドーは、フィロキセラ禍をきっかけに、土壌の性質や水はけを考慮した最適品種への切り替えが進んだことが、良質なワインを生み出す基礎になっていったと考えられます。
人々の熱意と多額の投資
ボルドーのワインを世界最高峰の水準に引き上げている要因は、恐らく、素晴らしいワインを造るという人々の熱意と人々の熱意に裏打ちされた多額の投資と考えられます。中世の時代からボルドーでは、人々が素晴らしワインを生み出そうと、情熱や資金を注ぎ込み、長い歴史の中で、様々な技術や知識・経験が積み重ねられてきました。
近年では、1982 年のグレート・ヴィンテージとその後に続いた素晴らしいヴィンテージを受けて、投資の拡大が顕著になっています。1980 年代以降、ボルドーでは、保険会社・銀行・多国籍企業・実業界の大物など多額の資金を持つ企業や実業家が、ワイン造りに参入し、ぶどう畑の整備、醸造設備の刷新、新しい技術の導入、スタッフの教育やコンサルタントの招へいなどが急速に進みました。
ワイン造りにとって、ボルドーの気候は、必ずしも理想的とは言えないものの、人々の熱意と多額の投資によって、素晴らしいワインが生み出され、その成功が、新たな投資や取り組みに繋がり、一層の高みを目指していくというよう好循環によって、ボルドーのワインは、今日における名声を築いているのだろと考えられます。